この記事を読んでくれている皆さんは、少なくともEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)に興味を持たれているのではないでしょうか。また、ニーズとしては、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩んでいて、EMDRという心理療法を知った。まずはどんな風に進めていくものなのか、そのやり方を知りたい。
心の専門家として、EMDRという技法に興味があり、まずはそのやり方を知りたい。
というどちらかなのではないかと思います。僕はその後者のほうなのですが、現時点で調べてみた内容について、まとめてみたいと思います。上記どちらのニーズを持った方の疑問にも応えられる記事になっているのではないかと思います。
1. EMDRとは
EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)とは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)への治療として有効性が認められている心理療法です。1989年、アメリカの臨床心理学者であるFrancine Shapiroによって発表されました。
EMDRの他に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)への心理学的な介入として持続的エクスポージャー法がありますが、これはトラウマ記憶に直接的に、段階的に暴露させていく方法です。
EMDRの場合は、トラウマ記憶に直接暴露させるというよりは、眼球運動に意識を向けるため、クライエントにとっての負担が少ないと考えられています。
2013年にはWHO(世界保健機構)がEMDRをトラウマ治療に効果的な心理療法であると認定しており、信頼性のある治療法・心理療法であると考えられています。
2. 心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは?
EMDRの主な介入対象は、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder: 心的外傷後ストレス障害)です。なので、ここではPTSDについての概要を確認しておきたいと思います。
PTSDの主な症状
PTSDの主な症状には、以下のようなものがあります。
①フラッシュバック(再体験)
死に直面するような、とても強い恐怖を感じた時の状況が、自分の意志とは関係なく思い出されてしまうことがあります。映像や音として、リアルに再体験してしまうこともあるようです。
②過覚醒
トラウマとなっている出来事が過ぎ去った後も、長期的に不安や緊張状態が続き、睡眠等に影響が出ることもあります。
③回避
トラウマとなっている出来事に関する記憶を思い出すきっかけになるようなものや状況、場所などを避けるようになってしまい、それが生活に支障をきたしてしまうことがあります。
④現実感喪失
トラウマを感じるような記憶が強すぎるあまり、感覚や思考に麻痺が生じ、現実感を喪失してしまうような体験をすることもあるようです。
怖い経験をした後にストレスフルな気分になるのは一般的なことと言えますが、PTSDの場合はそれらの症状が長期に渡って維持されてしまうという特徴があるのです。
PTSDへの優れた効果が確認されているEMDRですが、他の精神疾患や身体疾患にも効果が確認されているという報告もあるようです。
2. 「眼球運動による脱感作と再処理法」の意味
EMDRのやり方・進め方を理解するうえでは、EMDRの日本語訳である「眼球運動による脱感作と再処理法」という言葉の意味を考えることが役に立つのではないかと思います。
眼球運動による
EMDRでは、セラピストがリズミカルに左右に指を動かし、それをクライエントが目で追うという動作を中心に据えています。この眼球運動が、治療上重要な意味を持つわけですね。
脱感作と
脱感作とは、行動療法の中で用いられる心理学用語なのですが、平たく言うと、刺激に慣らすことを示します。
例えば、おばけやしきに入ると怖いのは、
・お化け屋敷の景観
・恐怖心
の2つが関連づけられている(条件づけられている)からです。
しかし、そのお化け屋敷のスタッフになって、1日お化け屋敷の中で働いたらどうなるでしょうか?次第に環境に慣れていき、恐怖を感じなくなると思います。この時何が起こっているかというと、
・おばけ屋敷の景観
・慣れによるリラックス感
の2つが新たに関連づけられている(条件づけられている)わけです。
このように、恐怖を感じていた刺激や状況とリラックス感情を新たに関連づけることで恐怖心を和らげていく方法を脱感作と呼ぶわけですが、EMDRでは、何と何を関連づけているかお分かりでしょうか?
・トラウマに関する記憶
・眼球運動
の2つを関連づけている(条件づけている)わけです。
眼球運動は、恐怖にとらわれない、脳本来が持つ適切な情報処理を促します。つまり、トラウマに関する記憶と、眼球運動による適切な情報処理を紐付けることにより、トラウマ経験を想起しても、過度な恐怖心を感じないようにすることが、脱感作の段階と考えると分かりやすいでしょう。
再処理法
更に、眼球運動は脳の記憶に関する領域を直接的に刺激し、忘れ去られていた様々な記憶の断片を繋げていきます。
そして、忘れ去られていた記憶の中には、ポジティブな記憶も含まれているわけです。(例えば、怖い思いをした時に、助けてもらった時の安心感など。)すると、外傷記憶として硬直化していた記憶が少しずつ解れていき、視野が広がっていきます。
つまり、過去のトラウマティックな記憶が、少しずつトラウマティックなだけでないバランスの取れた記憶に置き変わっていくわけですね。これが、再処理のプロセスになります。
なんとなく、イメージがついてきたのではないでしょうか。EMDRとは、眼球運動によってトラウマ記憶を弱め(脱感作)、そのうえで適切な記憶に置き換える(再処理)方法と考えると、分かりやすいと思います。
3. EMDRのやり方
それでは、EMDRのやり方についてご紹介します。EMDRの8段階と呼ばれる標準的なやり方がありますので、これをもとにお伝えしていきたいと思います。
第1段階
まずは、クライアントとセラピストの話し合いの中で情報を整理し、治療計画の立案を行います。セラピストは、問題の成り立ちについての仮説を立てたり、ターゲットとするトラウマ記憶を特定していきます。
第2段階
EMDRの概要や効果などについてセラピストから説明し、同意を得ていきます。また、実施中にフラッシュバックやパニックが生じた際の対処法などについても説明を行います。
第3段階
ここでは、ターゲットとして設定しているトラウマ記憶に対する、クライエントの否定的な認知や肯定的な認知を同定していきます。肯定的な認知とは、クライアントがトラウマ経験に対してどのような意味づけを行えるようになりたいか、といったことを示します。
第4段階
ターゲットとしているトラウマ記憶や否定的な認知を思い浮かべながら、セラピストの指を追従してもらいます。標準的には24往復を1セットとし、繰り返し行う中で脱感作していきます。
第5段階
ここでは記憶の再処理を行なっていくわけですが、セラピストの指の追従による眼球運動を続けつつ、ターゲットになっているトラウマ記憶に関する肯定的な認知を思い浮かべていきます。
第6段階
ターゲットとなっているトラウマ記憶と肯定的認知を思い浮かべつつ、ボディスキャンを行なっていきます。不快感情が残っていれば、それをターゲットに脱感作と再処理を繰り返していきます。
第7段階
セラピストは、クライエントの感情が安定していることを確認したうえで、セッションを終了します。
第8段階
次回のセッションにて、前回ターゲットとしていたトラウマ記憶の不快感が消失しているかを確認します。消失しているようであれば、更に次のターゲットとなるトラウマ記憶を同定し、第3段階から第7段階までのプロセス、つまり脱感作と再処理を繰り返していきます。
4. EMDRを実施している機関
EMDRは、必ず資格を持った専門家の元で行う必要があります。トラウマ記憶を思い出すことによって症状が悪化する危険性もあるからです。ここでは、EMDRを実施している機関を参考までにご紹介します。
医療機関
精神科や心療内科、メンタルクリニックなどの中には、EMDRを行なっている機関もあるようです。
例えば、インターネットで東京でEMDRを行なっている医療機関を検索すると、以下のような医療機関がヒットしてきます。
心理カウンセリングオフィスや心理相談室
インターネットで検索してみると分かると思いますが、EMDRを行なっている機関としては、日本では意外と医療機関よりも民間の心理カウンセリングオフィスや心理相談室に多いようです。一例として、東京でEMDRを行なっている心理カウンセリングオフィス・心理相談室を検索すると以下のような施設がヒットしてきます。
日本においてはEMDRを実施するためのトレーニングを受け、資格を保有している専門家はまだまだ少ない現状にあるようです。また、現時点においてEMDRは保険適用外です。
5. まとめ
今回の記事では、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療法として注目されている、EMDRのやり方に焦点を絞って解説させていただきました。ちなみに、PTSDと似た心の問題に複雑性PTSDがあります。こちらは対人関係における持続的トラウマ体験が病因となっている心の問題です。諸説あるかと思いますが、複雑性PTSDでは脱感作や再処理のターゲットとなるトラウマ記憶の特定が難しく、EMDRによる治療効果は得にくいという報告もあるようです。複雑性PTSDでは、セラピストとの長期的な信頼関係の構築が鍵となっており、その上で対人関係におけるトラウマ経験に前向きな意味づけを行ったり、自分の肯定的な側面を認めていくプロセスが重要視されているようです。とくに、僕は「いじめ」が原因となって認知処理に影響を与えるいじめ後遺症に興味を持っており、こちらに関しては過去の記事でも解説しているので、もしよろしければご覧ください。